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【インタビュー】ドゥービー・ブラザーズが現代カントリー界のトップ・アーティストと名曲の数々を共演。新作『サウスバウンド』をギタリスト、ジョン・マクフィーが語る

?? アメリカン・ミュージックを彩るふたつのスタイルが出会い、新しいサウンドが紡がれる。ドゥービー・ブラザーズの新作『サウスバウンド』は、アメリカン・ロックを代表するグループのひとつである彼らが、カントリー・ミュージックを代表するアーティスト達とコラボレートするアルバムだ。

?? 「ロング・トレイン・ランニング」をトビー・キース、「ユー・ビロング・トゥ・ミー」をヴィンス・ギル、「チャイナ・グローヴ」をザック・ブラウン・バンド、「ロッキン・ダウン・ザ・ハイウェイ」をブラッド・ペイズリーと共演するなど、現代の第一線カントリー・アーティストと共にグレイテスト・ヒッツを演奏するという趣向の本作は、往年の名曲に新たな生命を吹き込んだ好盤として高く評価され、全米『ビルボード』誌チャートで16位と、順調なセールスを記録している。

?? ニュー・アルバムと、自らの原点であるカントリーへの回帰について、バンドのギタリストでありバンジョー、フィドルなどを担当するジョン・マクフィーが語ってくれた。

●久々のニュー・アルバムは嬉しいですが、バンド写真にマイケル・ホサックがいないのがとても残念です。

John: 私も残念だよ。このバンドをやってきて、何人かのメンバーや友人を失ってきた。それが歳を取るということなんだろうけど、悲しいね。マイケルは病気でここ数年、ツアーに参加していなかったけど、彼とは音楽を離れても友人だった。安らかに眠って欲しいね(2012年3月12日、癌で逝去)。

●ドゥービー・クラシックスをカントリー・アーティスト達と共演するという『サウスバウンド』のコンセプトは、誰が考えたのですか?

John: 共同プロデューサーのデヴィッド・ハフと、マネージメントのフレッド・クロシャルのアイディアだったんだ。彼らと話し合って、最初はピンと来なかった。面白いアイディアだとは思うけど、私たちとコラボレートすることに興味を持つカントリー・アーティストなんているだろうか?ドゥービーのファンはカントリーに興味を持つだろうか?…って疑問があったんだ。でも彼らは「大丈夫。既に何人かに承諾をもらっている」と主張して、だったらやってみようということになった。ドゥービーのスケジュールと他のアーティスト達のスケジュールの調整が難しかったけど、デヴィッドは見事にすべてをアレンジしてくれたよ。彼は『サウスバウンド』を実現させたMVPの一人だ。

●前作『ワールド・ゴーン・クレイジー』(2010)にはカントリー界の大御所ウィリー・ネルソンがゲスト参加していましたが、それは新作に向けてのきっかけとなったのでしょうか?

John: 直接の関係はないよ。でもドゥービーがやってきた音楽はアメリカン・ミュージックだし、カントリーとは深い繋がりを持ってきた。1980年代にドゥービーが解散した後に私が活動していたサザン・パシフィックというバンドはカントリー・ロックとしてプロモーションされていたし、数年前(2011年)にはCMT(カントリー・ミュージック・テレヴィジョン)の番組『クロスローズ』でルーク・ブライアンと共演したこともあった。カントリーとは常に縁があったんだ。『サウスバウンド』を作ることは、必然だったといえるだろうね。

●『サウスバウンド』に参加したカントリー・アーティスト達は、既に知っていましたか?

John: トビー・キースやヴィンス・ギル、ザック・ブラウン・バンドやラヴ・アンド・セフトなどの曲は知っていたけど、個人的に面識のある人はいなかったよ。だから私たちにとっては、新しい世界だった。すごくエキサイティングな経験だったし、楽しかったよ。若いカントリー・アーティスト達がみんなドゥービーの音楽に敬意を持ってくれることは、とても嬉しかった。

●カントリー音楽がアメリカを象徴するのと同様に、ドゥービー・ブラザーズもアメリカを代表するロック・バンドです。両者のあいだに同胞意識や共感はありましたか?

John: もちろん!私個人でいえば、元々カントリーを聴いて育ち、最初のバンドではカントリーを演奏していたんだ。ポップやロックを演奏するようになったのは、その後のことだ。パット・シモンズのフィンガー・ピッキング・スタイルもカントリーからの影響だし、トム・ジョンストンだってカントリーを愛聴している。ドゥービーが結成したカリフォルニアでは、カントリーが常にポピュラーだったんだ。ハリウッドやサンフランシスコではそうでもないけど、カリフォルニアのかなりの部分が農業地域だし、南部州と似たメンタリティを持っている。マール・ハガードはカリフォルニアに生まれ育ったけど、アメリカを代表する正統派カントリー歌手だしね。

●スタインベックの小説『怒りの葡萄』やブルース・スプリングスティーンの「ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード」にも描かれていますが1930年代、砂嵐で農業が壊滅状態に追いやられた“ダスト・ボウル”のせいで、オクラホマなど中西部の人々が多数カリフォルニアに仕事を求めて移住したそうですね。その時代にカントリー音楽もカリフォルニアに持ち込まれたという話ですが…。

John: その通りだ。私の母はアーカンソー、父はオクラホマ出身で、カリフォルニアに移住してきて出会ったんだ。私は子供の頃から、家でカントリーを聴いていたよ。ハンク・ウィリアムスはもちろん、チェット・アトキンスやマール・トラヴィス…そして彼らほど世界的に有名ではないけど、ジョー・メイフィスからは多大な影響を受けた。彼は優れたギタリストだというのに加えて、バンジョーやフィドル、マンドリンなど、あらゆる弦楽器を弾きこなした。私は彼みたいになりたくて、いろんな楽器を弾くようになったんだ。私のルーツにあるのは1950年代のカントリーだ。

●現代のカントリーは1950年代のものとかなり様変わりしていますが、その変遷についてはどう考えますか?

John: それはカントリーに限らず、ロックンロールやポピュラー音楽全般について言えることだよ。カントリーだって時代ごとにひと括りに出来るものではなく、ハンク・ウィリアムスとジョニー・キャッシュはまったく異なっていた。『サウスバウンド』では現代カントリーのさまざまな要素を取り入れることが出来たと思う。ラヴ・アンド・セフトはモダンなスタイルでプレイしているけど、今回の「テイキン・イット・トゥ・ザ・ストリーツ」は最高の出来だよ。マイケル・マクドナルドのヴォーカルと彼らのハーモニーが絶妙なんだ。面白いのは、ドゥービーが現代のカントリーにも影響を与えていることだ。こないだレディ・アンテベラムのメンバーと話したら、「ヴォーカル・ハーモニーはあなた達から影響を受けました」と言っていたよ。

●アルバムのレコーディングでは、ゲスト達とスタジオに入って共演したのですか?それとも別々にトラックを録音して、それを送り合ったのですか?

John: 曲やパートによって異なっていた。私は自分のパートの多くはホーム・スタジオで書いたけど、バック・ヴォーカルのハーモニーは一緒にやらないとナチュラルなノリが出ないから、ナッシュヴィルのスタジオに集まってレコーディングしたよ。ゲスト・アーティストもスタジオに来ることがあった。クリス・ヤングは当初自分のトラックを録って、送ってくれる筈だったのが、スタジオにやって来たんだ。「あまりに興奮して、来てしまった」と言っていたよ(笑)。クリスはスタジオ・セッションの初日に来てくれて、「チャイナ・グローヴ」を歌うのを見て、我々はこのプロジェクトが良いものになると確信したんだ。

●『サウスバウンド』の収録曲はまさにグレイテスト・ヒッツで、長年ライヴで演奏してきた曲ですが、そのことでレコーディングはやりやすかったでしょうか?

John: 新曲を書いたり、アレンジすることがなかったから、その意味ではやりやすかったね。毎晩のようにステージで演奏してきた曲だから、どうプレイするのが最も効果的かということも判っていた。だからこそ、このアルバムでは曲の魅力をさらに引き出して、より良いテイクにしようと思ったんだ。私自身についていえば、バンドに加入したのは1979年のことだから、オリジナル・スタジオ・ヴァージョンではプレイしていない曲も多い。「サウス・シティ・ミッドナイト・レディ」は大好きな曲だけど、私が加入する前の曲だし、今回スティール・ギターのソロを弾けて嬉しかったな。個人的に、この曲がアルバムで一番のお気に入りだ。

●「ノーボディ」はファースト・アルバム(1971)に収録されて、『ワールド・ゴーン・クレイジー』でセルフ・カヴァーされましたが、今回3つめのヴァージョンをレコーディングして、どのように変化しましたか?

John: 私はオリジナルには参加していないけど、パットとトムはアレンジやミックスが気に入らなかったらしい。それで『ワールド・ゴーン・クレイジー』でリメイクしたんだ。私はフィンガー・ピッキングでドブロを弾いていて、すごく気に入っている。今回はそちらのヴァージョンを下敷きにして、チャーリー・ワーシャムがヴォーカルとバンジョーで参加している。チャーリーは外部から提案があったのではなく、トムが気に入っていて、交渉したんだ。チャーリーも乗り気で、スケジュールを確保できたんだよ。すごく良いアレンジで、アルバムを締めくくるに相応しい仕上がりだ。トムもすごく喜んでいたよ。

●ドゥービー・ブラザーズやカントリー・ミュージックはアメリカを代表する音楽だといえますが、ディスコ・ミュージックもまた、アメリカ音楽を代表するひとつのスタイルです。「ユー・ビロング・トゥ・ミー」に参加しているアマンダ・スダーノ・ラミレスの母親ドナ・サマーとは面識がありましたか?

John: 私は知らなかったけど、マイケル・マクドナルドがドナと友達で、共演したこともあった。マイケルがアマンダと初めて会ったのは、彼女がまだ12、3歳のときだったんだ。彼女は素晴らしいシンガーで、たまに母親と似た歌い回しをするときがあるのが面白いね。

●マイケル・マクドナルドは『サウスバウンド』の多くの曲でヴォーカルやバック・ヴォーカルを取っていますが、彼は現在どの程度バンドに関わっているのですか?バンド・フォトにも収まっているし、復帰したといえるのでしょうか?

John: マイケルはドゥービーの“メンバー”ではないけど、ずっと音楽的な繋がりはあったし、『ワールド・ゴーン・クレイジー』にもゲスト参加してもらっている。彼は才能あふれるミュージシャンで、メンバー全員の友達でもあるんだ。今回マイケルの占める割合が高いのは、最初から決まっていたわけではなかった。何曲かは決まっていたけど、徐々に増えていったんだ。事前に“何曲で歌う契約”とかをしたわけではないよ。近年、バンドとマイケルの関係はすごく良好だし、一緒にライヴをやったらいいんじゃないかって話も出ている。まだ具体的なプランはないけど、何かまた出来たらいいね。

●『サウスバウンド』に伴うライヴは、2015年2月の『ロック・レジェンズ・クルーズIII』からですか?

John: そうだね。アリス・クーパーやポール・ロジャーズなどと一緒に、フロリダ湾から外洋をクルーズしながら、船上でライヴをやるんだ。最近、船上ライヴが一種のトレンドとなっていて、私たちも数年前(2012年)レーナード・スキナードとカリブ海クルーズ・ライヴをやったけど、普段やっているショーと異なっていて楽しかった。けっこう波が高くて、揺れている状態でライヴをやるのは初めての経験だったよ。お客さんにとっても普段とは異なるショーで、ロックと波で体を揺らしていた。

●2015年にはぜひ日本でもツアーをして下さい。

John: うん、ぜひ行きたいと考えているよ。2011年だったと思うけど、ジャパン・ツアーのオファーがあったんだ。でも東日本大震災のせいで、中止になってしまった。日本でプレイするのはいつだって楽しいし、ぜひ呼んで欲しいね。

●新作オリジナル・アルバムの予定はありますか?

John: うーん、どうなるかな。これから大規模なワールド・ツアーを行うと、しばらく先になってしまいそうだね。でもパットは既に何曲かのアイディアを聴かせてくれたし、遠くない将来、スタジオに入ることになると思うよ。

●『ワールド・ゴーン・クレイジー』ではあなたが日本盤ボーナス・トラック「デルタ・デヴィル・ドッグ」を書いていましたが、ぜひ次のアルバムでも曲を提供して下さい!

John: 有り難う。「デルタ・デヴィル・ドッグ」はアルバムのレコーディング・セッションの最後になって「日本盤用のボーナスがないぞ!おいジョン、何か書いてよ」って感じで、急遽書くことになったんだ。…『ワールド・ゴーン・クレイジー』では半ば意識的に曲を書かなかったんだ。あのアルバムはパットとトムがテッド・テンプルマンと再合体するというイベントだった。「ノーボディ」をリメイクしたのも、それが理由のひとつだったんだ。

●「ロング・トレイン・ランニング」にはトビー・キースとヒューイ・ルイスが参加しています。あなたがドゥービー加入前にヒューイと組んでいたクローヴァーというバンドで1976年、シン・リジィのイギリス・ツアーのサポートを務めましたが、どんな思い出がありますか?

John: シン・リジィは最高のバンドだったね。あのツアーは、私にとってカルチャー・ショックだった。私はずっとカントリーから影響を受けてきて、クローヴァーにもカントリーの要素を取り入れていった。いわばヒルビリーの田舎者だったんだ。そんな私にとって、シン・リジィのワイルドなハード・ロックは衝撃だった。特にリーダーのフィル・ライノットのカリスマ性はインパクトがあったよ。彼は真のロック・スターだったんだ。その一方で、フィルは誰よりも暖かい人物だった。彼はヘッドライナーのフロントマンだったけど、普通の人間として我々に接してくれたんだ。ツアーの最終日、フィルは私に彼の詩集をくれて、「一緒にツアー出来て楽しかった。どうも有り難う」と言ってくれたよ。彼のサイン入り詩集は、宝物にしている。シン・リジィの『ライヴ・アンド・デンジャラス』の感謝リストに、クローヴァーの名前があることは、今でも誇りにしているよ。

●フィルは1986年に亡くなってしまいましたが、他のメンバーと交流はありますか?

John:ギタリストのスコット・ゴーハムとはたまに会って話すよ。一度、日本のホテルで彼と出くわしたこともあるんだ。私は矢沢永吉との仕事で来ていて、スコットはシン・リジィのメンバー達とフィルへのトリビュート・ツアーで日本にいた。オフ日に私も彼らのショーを見に行ったよ。フィルがいないのに、どうやるんだろう?…と思っていたけど、代役ヴォーカルのジョン・サイクスはすごく頑張っていたよ。

●シン・リジィやヴァン・モリソンの『トゥペロ・ハニー』(1971)、それにエルヴィス・コステロの『マイ・エイム・イズ・トゥルー』(1977)へのセッション参加など、あなたはアイルランド系のミュージシャンと交流することが多いですよね?

John: 私はアメリカ人やイギリス人、それに矢沢永吉のような日本人とも一緒にやってきたけど、ソウルフルでアーシー、正直で誠実なアーティストと仕事するように心がけている。アイリッシュ系には、そんなアーティストが多いような気がするんだ。“マクフィー”という名前のとおり、私も父方がスコッティッシュ系、母方がスコッティッシュとアイリッシュ系なんで、ケルトの血が騒ぐのかもね(笑)。

インタビュー:山崎智之

◎アルバム情報
ドゥービー・ブラザーズ『サウスバウンド』
発売中
通常価格 2,700円(税込)
(株)ソニー・ミュージックレーベルズ
SICP-30705(Blu-spec CD2)

Billboard JAPAN|Daily News 2014年12月26日 10:12:00 更新

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